探求心を持ちづけること、決して諦めないこと。

名工の系譜02 井上 隆司

プラントメンテナンスにおける「仕上げ」とは機械装置の分解整備をはじめとする整備・調整のこと。とりわけプラントの心臓部であるタービン、ポンプ等の回転機械類の仕上げには高い精度が要求される。これを担うのは高度な技能を持つ、熟練の仕上げ技術者たちだ。

プロフィール

井上 隆司

中国事業所 工事施工部 仕上
1972年入社

子どもの頃から手先は器用で、家の農業機械やバイクの修理を手伝っていた。中学卒業後、大型機械の仕事があると聞き、入社を決めた。趣味は愛犬を車に乗せてのドライブや温泉巡り。座右の銘は「不言実行」。

INTERVIEW

探求心を持ちづけること、決して諦めないこと。

入社以来、回転機械を中心に数々の産業機械の仕上げを担当してきた井上隆司。その確かな目と熟練した技能により2014年、マイスターに認定され、後進の指導に努めている。プラントメンテナンスの主役ともいえる「仕上」の難しさとやりがいを聞いた。

回転機メンテナンスのプロとして

まず現在なさっている仕事について教えてください。

工場の機械というのは、長く運転を続けているとどうしても摩耗したり劣化したりする部分が出てきます。そうした不具合を見つけて修理し、きちんと動くように整備するのが仕上げという仕事です。私はタービンやコンプレッサー、圧縮機、ポンプ、攪拌機など回転機と呼ばれる大型機械のメンテナンスを主にやってきました。

現在は、仕上げ主任として工事適任者の任命や定期修理の必要人数の検討のほか、若手への技術伝承ということで、後輩たちへの技術指導などを行っています。

三菱ケミカルさん以外の仕事もあるのですか?

回転機ではけっこう信用していただいているようで、いろんなところから声がかかります。メインは三菱ケミカルさんの水島工場ですが、その他、このコンビナートにある工場はほとんどがうちのお客さんです。回転機というのはどんなプラントにも必ずあります。結局、プラントを動かしているのはタービンやポンプなどの回転機ですから。

いまでも現場で作業されることはありますか?

自分が直接現場で作業することはありませんが、技術伝承として後輩たちに実演して見せたり、現場でポイントを教えたりはしています。自分でやった方が早いなと思うこともありますが、それはやってはいかんなと(笑)。

仕事は盗んで覚えろと言われた時代

ちょっとさかのぼって、入社当時のお話を聞かせてください。

子どものころから耕運機やバイクの修理を手伝ったりしていたので、最初は自動車の整備士になるつもりでした。中学を卒業するころ、三菱化成の協力会社の人が「工場の大型機械のメンテナンスをする仕事がある」といって学校にリクルートに来たのです。田舎ですし、当時は情報もなく、比較するものもなかったので、まあいいかと。

1年間、職業訓練所の機械科に通って旋盤とか金属加工の勉強をして、それから会社に戻って機械課の仕上げ部門に配属されました。

見習いの頃は、先輩に教わりながらやるわけですか?

仕事は盗んで覚えろと言われた時代ですので、あまり手とり足とり教えてもらった記憶はないですね。最初は、先輩に「あれをくれ」「これをくれ」といわれて道具を渡す。そのうちに「これくらいだったらお前できるか」といわれて、少しずつ触らしてもらう感じです。3年くらいしたら、現場から連絡が入ると「ちょっとお前、行ってこい」といわれる。

初めて責任者として整備を担当した時は緊張しました。汎用の渦巻きポンプでしたが、テストのときはドキドキです。回るかどうかと。

そのころの失敗談はありますか?

いろいろあります。今では許されないことですが、当時は失敗しながら覚えていった。これで大丈夫と思ったのに直らなくて、現場の人から「何しにきよったんじゃ」と叱られたこともありました。でも、その失敗を次につなげるというか、あまりへこんだ覚えはないですね。

5年くらいで小型の汎用機の仕上げ責任者を任されました。タービンや延伸圧縮機など10~15人でやる大きい仕事の責任者を任されたのは10年目くらいからです。

高い精度が要求される職人技

仕上げの難しさはどういうところにありますか?

やはり一番大事なのは、必要な精度を出せるかどうかということです。回転機は軸を中心に回転していますので、軸受け部分のトラブルが多い。軸と軸受けの間には常に適正な隙間が必要で、そこに潤滑油が入ることによってスムーズな回転ができるようになっています。隙間が大きすぎると異音の原因になり、小さすぎると回りません。

軸と軸受けの間に必要な隙間はどれくらい?

たとえば、軸の太さが100ミリなら、適正な隙間は0.12~0.15ミリ。また整備の終盤には、前後の軸受けのセンターを合わせる「芯出し」という作業がありますが、こちらも許容される誤差は100分の3ミリです。どちらも100分の1ミリ単位の精度で調整する技術が必要になります。

細かいですね。実際、どんなふうに調整するのですか?

軸受けは合金製のリングを二分割した構造になっていて、リングの合わせ目に「シム」という薄い金属の板が挟み込んである。まずはこのシムを増やしたり減らしたりしておおまかに調整します。

さらに軸に対してちゃんと平行にあるかどうか、軸との当たり具合を見ながら調整していきます。測っては少し削り、また測って少し削りを繰り返しながら合わせていくわけです。昔はほぼすべてを手作業でやっていましたが、最近は削る機械の精度が良くなってきたので、昔ほどは手で仕上げることは少なくなりました。しかし機械に載らないものや現地でやる場合は手で仕上げます。

まさに職人技ですね。回転機の方もだんだん進歩していると思うのですが、メンテナンスが簡単になったりはしないのですか?

最近のものは材質が良くなって長持ちするようになり、また部品も外して交換するだけで済むものが増えて、昔に比べるとかなり楽にはなりましたね。その代り、ちょっと昔の機械になると、当の機械メーカーでも扱える人がいない。機械メーカーの技術者に、「自分はこれ扱ったことがないのでわかりません。どうやるんですか」と逆に質問されることがよくあります。まだ昔の機械を使っている所は多いので。

探求心と諦めない気持ちがあってこそ

仕上の技術力はどんなところに現れるのでしょうか?

仕上に求められる能力として、もう一つ重要なのは、問題の原因がどこにあるのかを見つけ出すことです。突発(急なトラブル対応)の場合、異音や回転不良など、直前の状況からある程度目星をつけて原因を推測します。しかし開けてみたら、思っていたのとは全然違うこともありますから、真の原因にたどり着くには、いろんなところをチェックしないといけません。また悪いところは一つとは限らないので、それをいくつ見つけられるか。可能性があるところにどれだけ目を向けられるかということでしょうね。

そういったスキルはどうやって身に付けられたのですか?

やっぱり興味があったからでしょうね。いろいろなことを追求していくことが嫌いではなかった。仕上げの仕事は非常に奥が深いので、追求していく面白さはありますね。もう一つは諦めないということ。それが向上につながっているのかな。

常に探求心を持ってやり続けたことがマイスターになれた理由ですか?

おそらくそうだと思います。私はいつも自分のやり方が一番だと思わずに、人のやり方でもいいなと思ったらどんどん取り入れていく。たとえば工場の定期修理なんかだと、いろんな業者さんが入ってきますが、自分とは違うやり方をしている人がいたら、話を聞いたり道具を見せてもらったりします。型にはまってしまうとそれしか見えなくなる。幅広く見ることが大事です。

大変だからこそ、大きな達成感が得られる

これまでに一番印象に残っている経験を教えてください。

印象に残っている仕事はいろいろあります。一つ挙げれば、25年くらい前、客先の工場のコンプレッサーが異常振動を起こして停止したトラブルでしょうか。軸受けやらシールやらいろんなところが接触を起こしていて、かなり大変な状態でした。ほぼ2日間、夜通しで修理し、テストランがうまくいったときに、お客さんが「おかげで製品出荷に間に合います。ありがとうございました」と大変喜んでくれた。大変でしたが達成感はありましたね。かつてはそういう突発対応がけっこうありましたが、最近はだいぶ減って、月に1回か2回あるかどうかです。

ちょっと変な質問かもしれませんが、仕事が嫌になって辞めようと思ったことは?

ありましたね。昔は毎年のように定期修理があり、しかも春とか秋の気候のいい時期にやるんです。観光シーズンの真っ盛りに、自分は1か月半ほとんど休みもなく工場で油まみれ。なんでこんな思いをせにゃならんのかと(笑)。また携帯が普及する前は、盆正月も含めて毎日必ず3名くらいは待機要員として会社に詰めていた。

しかしそういうことを乗り越えてきたからこそ今がある。これまで頑張ってきた甲斐があったかなと思います。今は定期修理も4年に一度。しかも短期間で終わるので、昔と比べると格段に楽になりました。

最後に、今後の展望を聞かせてください。

一番大きいテーマは後進の育成です。現在、私が技術・技能伝承を行っているのはこの中国事業所のみですが、今後はエムイーシーテクノの他の事業所や協力会社でも研修を実施して全社的なレベルアップを図っていく予定です。また最近は社外から研修の依頼も増えてきましたので、講師として当社の回転機整備技術をアピールし、営業活動にも役立てたいと思っています。

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